『力学の上達法』 (2023年1月)
『物理の上達法』を書いた後「これは研究者用の本ですね」と言われて、確かにそうかも知れないと思い至った。学部生にとってこの本は全くと言って良い程、参考にはならないかも知れない。しかし物理を理解したいと思う若者を何らかの形で支援するためには、基礎的な物理に関する『上達法』を書くべきであろうと考え始めて、筆を執っている。
この場合、やはり基礎になるのは自分が大学で行った講義となるであろう。従って、ここでは力学についての上達法を書いて行こう。しかしながら、大学での講義の場合、学生の反応を見ながらその講義内容を随時、変えて行く事ができたものだが、小ノートを書く場合、この点をどうしたら良いのか今一つわからない。勿論、講義においても、理解が早い学生と遅くてもしっかり理解できる学生が等分にいるため、反応を見ながらと言ってもどの層をターゲットにするかで常に難しさはあり、そう単純ではない。その意味では誰にでも通用するような上達法は存在しないと言えよう。しかしそれにもかかわらず、基本的な手法において、何らかの形で例え少しでもプラスになるような、そう言う『上達法』を書く事は可能であろうと思っている。
昔1960年代の後半、高校時代の物理の試験で100点以外取ったことがないと言う親友がいた。模擬試験でも全国で10番以内に常に入っていたと言う受験の天才である。さらに東大理一の進振り成績で10番前後であった事からしても、彼が超秀才であることは間違いない。その彼が大学3年生のある日、中央線快速電車の中で『物理が全くわからない』と言い出したのである。田舎者の自分には何が何だかわからない程、仰天した事は良く覚えている。今となってはその原因が何処にあったのか推測はできている。この友人は受験問題における解法を熟知していたため、どのような問題でも確実に解く事ができたのであろう。
しかしこれは物理を理解する事とは無関係である。型にはまった問題を正確に解く事と自然を理解する事とはほとんど直交している。実際、大学においても単位を取得するために試験をするとしたならば、入試と似たような状況が起こっている可能性は充分あると思われる。この場合、大学における試験でも受験のように解き方を覚えて対応したら、物理は非常につまらないものになってしまうであろう。
物理は自然を理解するための学問である。この場合、物理を深く理解するためにはどうしたら良いのかと言う問題はそう単純ではない。例えば、電磁気学の教科書を複数回読んだりしてその内容をほとんど覚えてしまったとしても、物理を深く理解する事にはあまり繋がって来ないものである。
それでは、一体、どうしたら良いのであろうか?一番大切な事は、自然現象と物理の方程式とをうまく関連付ける作業を行う事であろう。そのためには演習問題を解く事が物理を理解するためのほとんど唯一の方法であると言えよう。しかもこれを何回か解かないとなかなか自分のものになってはくれないのである。そしてこの物理の
基礎トレーニングを常に行う事によって、少し進歩する可能性が出てくると考えている。
その代り自分で方程式を解いて『地球の公転が何故、平面上を運動しているのか』、そして『その軌道が何故、楕円になったのか』と言う事を確かめると物理が本当に楽しくなるものである。また『量子力学的な物理過程は何故、確率的なのか』と言う事が分かると自然現象をみる見方がより深くなる事は間違いない事である。
最初は電磁気学と量子力学についての上達法も一緒に書き入れるつもりであったが、これは中止としている。構想がまとまらないのである。
[付記 1] 結局、水星の近日点に対する他の惑星の効果の計算を入れる事にした。これはかなり面倒な計算をする必要があるし、古典力学での摂動論と言う模型計算は複雑でもある。しかしこれは力学の範囲内である事は確かであり、あるいは興味を持つ若手がいるかも知れない。いずれにしても何かの参考になればそれで良いと思っている。
[付記 2] 古典力学との関連で初等量子論の章を書き足したが、とても初等とは言えない内容かも知れない。しかし、重要である事には変わりない。これは量子物理における現象や理論模型を直感的に理解しようとする時、古典力学的な描像がかなり役に立つことが良くあると言う事実を明らかにしたいからである。勿論、この描像に頼り過ぎる事は危険ではあるが、しかし自分の中に正しい物理の自然観を作る際にこの古典力学的描像がプラスになる事は決して稀な事ではない。
[付記 3] スピン自体は古典力学にその対応する物理量は存在していない。しかしその期待値に対する時間発展の方程式には古典力学の方程式に対応するものがある。結果論になるが、これは Euler 方程式に対応している。つまりは剛体の自転である。
[付記 4] 量子力学における散乱理論について簡単な解説を入れた。ここでは特に Eikonal 近似についての解説を付け加えている。この近似法は物理を直感的に理解するのにかなり重要であると思っている。この場合、Optical Theorem が成り立っていると言う証明を入れてある。尤も、これは難しい計算ではないが、しかしこの定理は S 行列の Unitarity と関係している点で非常に重要である。
[付記 5] 相対性理論の解説を第14章に入れている。相対性理論は力学の問題にそれ程、関連があるわけではないが、これは重要であると判断したためである。今回はかなりコンパクトにわかり易い説明が出来たかも知れないと言う想いはある。しかし逆に言えば、30年前に何故、このレベルで理解できなかったのかと情けなくなる思いから抜け切れていない。
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