教科書 「Fundamental Problems in Quantum Field Theory」
(著者: T. Fujita & N. Kanda :
Bentham 出版社 )
教科書「Fundamental Problems in Quantum Field Theory」が Bentham Publishers から e-book として出版されました ( 紹介文 by Bentham ). この本では、場の理論の基礎とその問題点を解説しています。現代物理学は、現在、これまで経験した事のない極めて重大な転換点に来ています。この教科書においては、読者がこの問題をしっかり理解できるように最大限の努力をしています。長い間、高エネルギー物理学はエネルギーを高くする事が最先端の研究であるという単純な思い込みに支えられて来ましたが、それはそれなりの意味はあったものと思っています。しかし、クオークが自由粒子として観測されない事実が実験・理論両面から判明して以来、クオークよりも小さい単位の探索が無意味になりました。このことは、エネルギーを高くしても新しい自然現象を学ぶ事にはならない事を意味しています。そしてこれはすでに80年代後半にはわかっていた事です。さらに、現在、多くの高エネルギー研究者達にとって、彼らがその理論的な基礎を置いている一般相対論そのものが実験・理論両面から崩れてしまったという深刻な問題に直面しています。問題は、この研究にこれまで数年間にせよ携わってきた若い研究者やこれからこの分野の物理を学ぼうとしている学生・院生諸君にとって今後どうすればよいかという事です。サイエンスは自然現象を理解する事を主目的としているのに対して、エンジニアリングはその現象を応用して何か新しい物を作る事を主目的にしています。両者ともに重要性は同等なのですが、エンジニアリングは人間社会が存続する限り常に新しい工夫・研究が進められて行くのに対して、サイエンスには研究対象に限界があります。それは、研究している自然現象が理解されてしまった場合、その段階でそれは第一線の研究対象ではなくなるという事実です。この事をしっかり考えて物理学を学んで欲しいと思っています。
この本は場の理論の基本を解説したものですが、繰り込み理論に関する最近の発展をわかり易く解説してあります。繰り込み理論とは「電子とフォトンの自己エネルギーが無限大になる事から、これを何とか処理する手法である」と場の理論の教科書では解説されています。しかしこれは基本的に間違いです。自己エネルギー自体は物理的な観測量ではないので、無限大になっても別に困る事はありません。しかし、その自己エネルギーにもう一つ相互作用がついた場合、例えば電子のバーテックス補正の計算をした場合、これに無限大が現れたらこれは物理的な観測量なので問題となります。そのため、このバーテックス補正の無限大を処理する手法が考案されました。このバーテックス補正の発散が自己エネルギーの発散と全く同じ形である事を利用して、波動関数に押し込めてしまった理論が繰り込み理論です。
一方において、フォトンの自己エネルギーの場合は事情が全く異なる事がわかっています。それはこのフォトンの自己エネルギーにもう一つ相互作用をつけた計算と関連しています。フォトンが真空偏極している間にそのフェルミオンに他のもう一つ相互作用がついたダイアグラムの事を三角形図(Triangle diagrams)と言います。ファイマン図の形が三角形で書けていた事に言葉の由来があります。しかしこの三角形図を計算して見るとわかる事ですが、これには発散など全くありません。この三角形図は物理的観測量に直接関係しているため、これが全て有限値で求まる事は理論形式の健全さを示しています。すなわち、フォトンの自己エネルギーは繰り込みに利用される事はなく、従ってそのまま放置しておいても何も問題にはならないと言う事なのです。すでにこのπ0-->2γの計算は西島先生の「Fields and Particles」の教科書(1969年出版)に12ページに渡って解説してあります。しかし驚いた事に、どういうわけかこの計算がこれまで無視されてきました。実際、他の場の理論の教科書のほとんどはこの点に関しては記述していないか、または非物理的なアノマリーの解説をしていて内容的にもほぼ全滅です。しかし、三角形図に発散が無い事は、物理がわかっている人達にとっては自明の事でした。このことから、逆に言えば、電子のバーテックス補正にはまだ健全さが欠けているという事を示しています。しかし、これはかなり高度で難しい問題を含んでいるので、教科書をしっかり読んで理解して頂きたいと思います。
このQEDの繰り込み理論と関連して弱い相互作用についても解説しています。長い間、Weinberg-Salam の理論が弱い相互作用の標準理論として君臨してきました。実際、この理論模型を批判する論文を書いても、全く無視されてしまうくらいに、人々はこの標準理論を信用して来ました。この標準模型がそこまで信じられてきた事にはそれなりの理由があります。すなわち弱い相互作用の理論はフェルミ模型からCVC理論への発展過程で常に実験を再現するように模型が作られて来ており、理論模型としては自然界を理解しようとする正しい枠組みで作られてきました。その模型をある意味で継承して発展させた模型がWeinberg-Salam 模型なので、その理論の最終的なハミルトニアンは当然CVC理論を再現するように作られています。
ところが、Weinberg-Salam 模型はその出発点として理論的な整合性の全くない非可換ゲージ理論を基礎にしてしまいました。何故そのような理論を考えたのかと言う事にはある程度理由があります。一つには、その当時はゲージ理論のみが正しい理論であるという思い込みがある種の人々の間には存在していたという事です。また、SU(2) である事はCVC模型である程度わかっていた事なので、当時の物理の理解のレベルを考えればある意味では仕方がない事であったかも知れません。所が、ゲージ粒子はその電荷がゲージ依存であるためそのままでは観測量にならない事、さらにゲージ粒子の質量はゼロなのに対して観測量は有限質量を持つため、これをどうするかで結局、彼らはHiggs機構を採用したのです。
しかし、Higgs機構は対称性の破れと言う概念を完全に誤解した理論体系になっています。それは対称性の破れがあるからゲージ対称性も破って良いのであるという理解不能な論理構造になっています。こんな事が起こって良いはずはないのですが、残念ながら、現実にこれを人々は受け入れてきました。これら全ての根っこの原因は自発的対称性の破れという奇妙な理論によっています。
それでは「自発的対称性の破れ」とは一体何だったのかと言う事が問題になります。この問題は既に教科書「Symmetry and its Breaking in Quantum Field Theory」で詳しく解説していますので詳細はその本を参照していただければと思います。それにしてもこの「自発的対称性の破れ」ほど物理の方向を誤らせた概念は他にないと思われる最悪の物理用語です。ある孤立系を記述するハミルトニアンを考えた場合、その固有状態として真空状態が計算されます。このフェルミオン系の真空状態は、固有状態のうち、負のエネルギー状態を全て詰めたものに対応しています。「対称性の破れ」として南部達が主張している事は、実はこの真空状態のカイラル電荷が有限量になり、自由場の真空状態のカイラル電荷(これはゼロである)と異なっていると言うものです。それが「自発的対称性の破れ」の物理の全てです。自分で計算すればすぐわかる事ですが、孤立系のハミルトニアンの固有状態がカイラル対称性自体を破っていたら、これはもはや量子力学ではありません。勿論、系のカイラル電荷が有限であっても、対称性を破っているわけではなく、別に何か特別な事が起こっているわけでもありません。
ところが南部やWeinberg 達は相互作用する場の理論自体がカイラル対称性を破ったと誤解してしまいました。何故、このような勘違いを本人達は別にして、他の物理屋が受け入れてしまったのでしょうか?普通は、考えているハミルトニアンの固有状態がカイラル対称性を破ったように見えたら、自分の計算過程で重大な近似をしてしまったからか、または模型計算において何かの思考法に重大な誤りがあったのであろうと考えて、狂うほどに注意深く検証する事になります。勿論、相互作用する場の理論の対称性が自然に破れたらこれはとんでもない事で、そのような事が本当に起こったとしたら量子場の理論体系からすればこれは大変な事になります。現実には、南部−Jona-Lasinio の論文においては、上述した2つの事が原因 (近似はBogoliubov変換、思考法の誤りはカットオフの理解不足) でカイラル対称性が破れたように見えただけの事である事が証明されています。実際、このNJL模型の特殊性により、彼らが用いた近似法だと「見せかけの質量項(但し質量は無限大)」が現われてしまい、そのため一見対称性が破れたように見えただけでした。すなわち、孤立系のハミルトニアンの固有状態が自発的に対称性を破る事など勿論あり得ないと言う事です。もし固有状態の対称性を破りたいのならば、対称性を破る相互作用項をハミルトニアンの中に手で付け加えれば可能な事です。ちなみにこの問題はNJL模型と良く似ているThirring模型に対してBethe仮設解による厳密解をきちんと理解すれば明解にわかる事です。
ある時、孤立系のハミルトニアンの固有状態がカイラル対称性を「自発的に」破る事はないと言う事を場の理論の言葉で大学院生に解説しました。この時、院生の一人がつぶやいた事ですが「そうですね、固有状態が対称性を自然に破るとしたら、それは電子が「自分の意思」を持っていて勝手に対称性を破るしかないでしょうね」。これは量子力学をしっかり理解している人達にとっては単なる笑い話です。さらに、この分野を直接研究していない原子核理論屋や物性理論屋は「自発的対称性の破れと言ってもそれは最初に外場が掛かっていたから起こった現象である」と誤解しています。まさか「孤立系で起こっている現象」だと主張されているとは考えてもいません。実は1世紀以上も前にPierre Curie が「Curieの原理」を提唱しています。それは「原因がない限り非対称の現象が起こる事はない」と言うものです。これは「自発的対称性の破れ」がCurieの原理に抵触する事を意味していて非常に興味深いものです。Curieは圧電効果など数多くの偉大な仕事を残した物理屋ですが、特に対称性の研究に関しては恐らく歴史的にも最初に詳細な研究を行った物理学者でもあると思われます。
いずれにしても、今更、対称性の破れの問題の提唱者達に何かを言っても始まらない事です。自然を理解しようとする場合、地味な努力を続ける事こそが最も重要です。また、この事は量子力学をきちんと理解する事が予想以上に難しいと言う事を示しています。西島先生が、昔、「質的に新しい考えの論文はなかなか受け入れられない。それは、物理の評価は多数決で決まるからだ」と言われましたが、当時、自分はそれ程はっきりとはわかっていませんでした。しかし、今はその言葉の意味が良くわかって来たと思っています。西島先生のπ0-->2γの仕事は今となっては歴史的にも最も重要な論文の一つなのですが、しかしこの仕事は教科書でしか発表されていなく、論文にはなっていません。この事は先生自身も「多数決」の被害を被った人である事が伺えます。一緒に議論して頂いた当時には全く思いも依らないことでしたが・・・。
2011年の9月の物理学会で、Higgs粒子の存在は95%以上なくなったというデータをCERNの共同研究者達が発表しました。それから数ヵ月後の2012年の7月に、突然、Higgs粒子が発見される可能性が大きくなったと言って、メディアの前でお祭り騒ぎまでしました。所がそのデータが公開された途端、それが9月に発表したデータとほとんど変わらない事が発覚して、これはおかしいのではないかと言う議論になりました。そのためCERNの研究者達は「2012年12月までには結着する」と公言していた「Higgs粒子発見」の記者発表は立ち消えになり、むしろ「7月に発表するべきではなかった」と言い始めています。WやZボソン発見の場合は、その発見以前に他の複数の実験的証拠がそれらの存在を強く示唆しサポートしていました。しかしHiggs粒子の場合は「他の実験」からの示唆は全くなくて、単に理論的な要請だけですでに30年以上にもわたって探索実験が続けられてきました。しかし恐ろしいのは、2年後に向けてCERNのマシーンをアップグレードする計画を公にし始めていて「これで Higgs 粒子を発見できるはずである」というこれまでと同じ主張を流し始めている事です。再び、何千万円か何億円かまたはそれ以上の規模のお金がドブに捨てられる事になりますが、すべて「民主的」に行われているので誰も止められません。しかし、忘れてはならないのは、この研究に莫大なお金を注いでいるため、地味ながらしっかりした研究を続けている研究者達にはなかなかお金が回らないという事実です。この事をしっかり考えて物理の研究に興味を持ち、基本的な場の理論について理解を深めていただきたいと願っています。
2013年の9月の物理学会では10件の Higgs 粒子関係の実験報告がなされましたが、進展はありませんでした。 Higgs 粒子の質量に関しては、標準理論を信じる限りその上限が決まっており、現在のCERNの加速器で十分測定されるべきエネルギー領域です。それでも見つからない事がCERNの実験家が焦燥感を募らせている大きな理由です。しかしそれ以上に、昨年、1イベントで発見したと騒いだ研究者達は、学生への講義でどのような教え方をしているのか心配になります。実験で得られたデータに対して1イベントは統計的な誤差になっているため、それを有意な事象とは取ってはいけないと必ず教えるべき事です。いずれにしてもそれが何であれ、「存在しない事」を実験的に証明する事は逆に相当難しい事でもあり、彼らが「Higgs 粒子は理論的に不要である」事を理解しない限りはまだまだお金を浪費して行くものと思われます。物理以外の他の分野の研究者にとってはしばらくは大変な状態が続くものと考えられます。
今後、院生や若手研究者からすると、これまでの素粒子理論・宇宙論分野で職を得てきたかなり多くの研究者達に対して、彼らは間違った理論体系に従って論文を書き、研究成果をあげて来た人達であると言う事になります。むしろ、正しい理論を理解した人達は職を取れずに、研究を放棄した可能性さえ考えられます。現在はまだ既得権者の世の中ではありますが、いずれこの事が問題になる気がしています。それが5年後か10年後かまたは・・・それはわかりませんが。
このBentham出版社の教科書に対しては、各 chapter に査読者がつきましたため、出版までに予想を超えて時間が掛かりました。特に、題名の変更を指摘され、これまでとは異なる題名になっています。また、第5章では数行を削っています。以下に、目次と第1章、第2章それに第5章をPDFファイルでアップしておきますので、是非、しっかり読んで学んでそしてじっくり物理を考えていただきたいと思います。