卒業生の皆様へ : 園部選手の技術力 (2025年2月)
園部選手が WTA 500 の大会で予選を勝ち抜き本戦入りしましたね。確かに、これはかなり凄い事です。さらに、1回戦で世界ランキング55位の選手をストレートで破って2回戦に進みました。残念ながら、2回戦では Jabeur には負けましたが、この相手はかなり強い選手です。恐らくは経験の差が出たものと思います。いずれにしても、これは17歳になったばかりの少女の物語ですが、若者がその勢いで勝ち進んでいると言うよりも、何か継続して行く本物の実力による活躍のように思われますが、どうでしょうか。今後、テニスの試合におけるコートセンスをさらに磨いて行けば、近い将来の WTA でのトップ10入りも現実味を帯びて来るものと期待しています。
園部選手の技術力に関しては [ 付記:園部選手ジュニア女子優勝 ] ですでに簡単にではありますが解説しています。全豪オープンのジュニア部門女子シングルス決勝の試合を見る限りでは、すでにこれはシニアでも通用するレベルであろうと感じてはいます。
フォアハンドであれだけ強いスピンを自然に掛けられる選手としては、自分が知っている選手の中ではやはり Rafael Nadal でしょうか。勿論、彼のスピンは強烈過ぎて、園部選手のスピン力を彼のものと比較する事はできません。しかし、技術的な方向性としては Nadal のフォアハンドのものと同形と考えて良いかと思います。この Nadal は16歳でトップ100に入っているようですので、フォアハンドの強いスピンは天性のものだったと考えられますね。恐らく、この点でも園部選手のフォアハンドは同じように天性のものだと思われます。
ここでは、回転運動のエネルギーが並進運動と比べてどのくらいの大きさなのかと言う事を半定量的に評価した計算を『付記』に解説してあります。参考にして頂ければと思います [ 付記:回転エネルギーの大きさ ]。
☆☆ 付記:園部選手ジュニア女子優勝 (2025年1月) ☆☆
全豪オープンのジュニア部門女子シングルスで園部選手が優勝しましたね。これは56年ぶりの快挙と言う事で確かに凄い事だと思います。まだ彼女の試合をそれ程多くは見ていないので、コートセンスなどの詳しい事はわかりませんが、しかし将来性は確かに豊かな選手ですね。特に、サウスポーである事もかなり重要な点であろうと思われます。
これまで見た限りにおいて、園部選手のテニスはジュニアとは思えない程、高いレベルですね。サーブもフォアハンドも非常に力強いものです。特に、サーブとフォアハンドにおいて、手首の使い方が並外れて優れています。これはトップレベルの選手に負けない程、うまく手首を使っていて、これには本当に驚いています。手首をうまく使いこなす事はテニス技術では最も高度なものですが、しかし極めて重要な技術です [ テニスの上達法] 参照。しかしながら、こればかりは簡単に習得する事ができると言うものではありません。通常、手首を下手に使うとボールのコントロールが不正確になってしまう可能性が高いものです。園部選手の場合はフォアハンドのコントロールも良く、この年齢からして見てもやはり天性のものとしか考えられませんね。そして、彼女のフォアハンドのボールは予想以上に回転が掛かっているため、その分、重いボールとなっています。
今後、園部選手がプロの世界でも活躍されることを願っています。ジュニアで強くてもプロの世界では通用しない場合が良く見られていますが、これはプロ野球を見れば明らかですね。しかし野球の大谷選手のようにジュニアで強くて、プロの世界でもさらに強くなって世界のトップレベルで活躍される方もおられます。従って、園部選手も含めて、若い選手に取ってはすべてはこれからどのように積み重なる努力を続けて成長して行くかと言う事だと思います。
耳に胼胝(タコ)ができる程、繰り返し言っている事ですが、レベルが高くなればなるほど、常に新しい技術を学び続ける事が重要です。学問の世界(特に理論物理)では、教授になってからどのくらい努力して新しい計算技術を学び続けるかと言う事が極めて重要なポイントになっています。さらに、物理学において最先端の研究を行うためには30歳過ぎてからの猛烈な努力が必要なものです。その努力を続けて行かないと幽霊学者になってしまいます。そして、物理学における現在の日本の状況に関してはかなり憂慮するべき状態となっていますね。尤も、アメリカの(有名)大学ではすでに30年近く前からどうにもならない程、レベルが低下してきたわけですが、近年、日本がこれを見習うようにレベル低下が起こっています [ 日本の科学研究の凋落] 参照。本当に、どうしたら良いのでしょうか?
☆☆ 付記:回転エネルギーの大きさ ☆☆
ここで、通常のストロークの場合、強いスピンを掛けた時に、その回転運動のエネルギーが並進運動のエネルギーと比べてどのくらいの大きさになっているかを半定量的に評価して見ました。参考にして頂ければと思います [小ノート 『高校物理(力学)』 の第2章 2.5 節を参照]。
半径 R のテニスボールを考えてその質量を M とします。テニスボールの場合、質量は表面にだけ分布していると仮定して十分なので、そのテニスボールの慣性モーメント I は I=(2/3)MR 2 となっています。一方、参考のために書いておきますが、質量が一様に分布している半径 R の球の場合(例えば野球の硬球)、慣性モーメント I は I=(2/5)MR2 です。このためテニスボールの場合、同じ質量と半径を持つ硬球の約1.7 倍の慣性モーメントを持っている事になっています。従って同じ回転数だと約1.7 倍だけ、エネルギーは大きくなっています。
ここでまず、半径 R のテニスボール(R=3.4 cm) の回転運動のエネルギー Tr を計算します。これは回転の角速度を ω とすると Tr =(1/2) Iω2 です。よって Tr =(1/3)MR2ω2 となります。一方、速度 v のボールの並進運動のエネルギー Tt は Tt =(1/2)Mv2 です。
それでは大雑把に具体的な数値を見てみましょう。例えばナダルが強いスピンを掛けた場合、相手側に到達した時のボールスピードはおよそ v = 100 [km/h] =2780 [cm/s] 程度と仮定して十分でしょう。一方、ナダルのボールの最大の回転数 N は1秒間に約 80 回 [N =80 /s] なので, Rω=2πNR [cm/s] が計算されます。よって、これより回転運動と並進運動のエネルギーの比は (Tr/Tt) = 0.25 と求まります。すなわち、ナダルが打っているストロークでは回転運動のエネルギーが並進運動のエネルギーの25%もある事がわかります、しかし回転運動のエネルギーは見た目に分からないので、ボールを受ける相手には、そのボールが少し重く感じる事になります。従って、そのボールに対してしっかりと自分の回転を掛け直さない限り,跳ねられてしまう可能性があります。一方、普通の選手の場合、この比は約10%程度かそれ以下であることが分っています。
実際のテニスの場合、並進運動のエネルギーをどの程度に選ぶかによって、回転運動と並進運動のエネルギー比は大きく変わってきます。スピードを押さえて、しかし回転数だけを増やすとこの比はもっと大きくなることは式を見れば明らかですね。これらの考察から、テニスにおけるスピンは『騙しのテクニック』としてかなり有効であることが分かると思います。
☆☆ サーブトスの力学 ☆☆
ここではトスを高く上げて、その落ちてきたボールを打ってサーブする場合、どのくらいサーブの落下地点(今の場合、ネット上を通過する位置)に影響が出て来るかと言う力学を簡単に計算して見ました。ここではトスの最高地点から約50 cm 落下したボールを叩く場合を検証します。真空中だと50 cm 落下したボールの下向きの速度は約 3.1 m/s です。しかし空気の抵抗がテニスボールにはかなりあるため、この速度は真空中の場合の3分の1とします。すなわち、ボールを打つ時の下向きの速度は V= 1 m/s とします。ここでサーブを打つ場合の初速度は 100 km/h だとしましょう。これは約 28 m/s に対応します。この場合、下向きにずれるわけですが、そのずれ方は角度で表すことができ、これは今の場合、約 0.036 rad となります。この時、ベースラインからネットまで約 12 m なので、下向きの速度の影響としては、そのボールの軌道は最高地点を叩いた場合と比べて、ネット上で約 43 cm 程度下方になっている事がわかります。
実際のサーブの軌道に関しては、空気抵抗と重力の影響が無視できないものです。さらにスピンの影響が非常に大きいため、ここで行った評価(計算)は大雑把には参考にする事ができると言う程度です。正確な数値を求めるためには膨大な計算が必要であり、ここでは行っていません。しかしかなり大きな影響である事は間違いない事ですね。このため高くボールを上げて、その落下したボールを打つ選手はどうしても微調整をせざるを得ない事になっています。従って、この場合サーブコントロールに難が出てしまいます。当然ですが、サーブで最も重要な事はそのコントロールの精度ですね。
ちなみに、落下したボールの速度がサーブの速度に加わるため、少しサーブの速度が増すのではないかと考える選手がいるかも知れませんね。しかし残念ながらこの場合、速度の増加は在りません。具体的には、サーブの速度が 28 m/s で落下速度が 1 m/s の場合、加算された速度が 28.02 m/s になるだけのことで、これはサーブ速度は変わらないと言う事に対応しています。
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