ヒッグス粒子10年 (2022年9月)
ヒッグス粒子が『発見』されてからすでに10年たったとの事です。先日、日本物理学会がこの問題でオンラインの講演会を行うと言う知らせを回しましたが、これにはちょっと驚きました。それで、この稿を書き始めた次第です。
当時、1事象だけで新しい粒子を発見したと CERN が主張した時、『この人達は正気か?』と思ったものですが、それからすでに10年が過ぎた事になります。その間、CERN は勿論、マシーンをアップグレードしたりして、この粒子の存在を確認しようと努力はしてきましたが、しかしながらすべては徒労に終わっています。
結局、彼らは『発見した粒子の質量』をあの1事象により特定してしまったため、実験上、ある意味でそれが足かせになったと言われています。この事により、さらに高いエネルギー領域を探す事が出来なくなってしまったと言う事です。しかしながら科学的に見れば、これはこの質量の周りを集中的に探せば良いわけで、その意味でやり易い実験となっていたはずでした。ところが、確認されたのは WボソンやZ0ボソンだけで、ヒッグス粒子は観測できませんでした。
このヒッグス粒子問題に関しては、理論物理を正確に理解できている物理屋からすれば、この探索実験は『あるはずがない粒子を探している』事に対応しています。従って、これは不幸としか言いようがありません。この点に関しては、弱い相互作用の理論をもう少ししっかり理解できている理論屋が CERN の中に居れば、このような無駄は避ける事が出来たものと思っています。
何故、最先端の物理学がこのような混乱状態に陥ってしまったのでしょうか?この問題の根源には『繰り込み理論』があると考えられます。この繰り込み理論とはファインマンや朝永達が提唱した理論模型です。この理論では電子のバーテックス補正の計算の際、Log の無限大が出てきてしまったのですが、彼等は波動関数を再定義する事によりこの発散を繰り込みました。そしてこの手法により、電子の(g-2)の実験値をうまく再現できたと言う理論計算です。この場合、人々はこの繰り込み理論がうまく行くのはQED(量子電磁力学)が『ゲージ理論』である事に依っていると信じ込みました。これは物理的には全く根拠のないものですが、1960年代にはいつの間にか『定説』になってしまいました。このため、弱い相互作用もゲージ理論でないとうまく行かないと言う事で、標準理論が提案されました。そして、この模型も何時の間にか定説になってしまい、現在に至っています。
ところが、電子のバーテックス補正の理論計算に Log の無限大が現われたのは『フォトンの伝搬関数として彼らが利用していたファインマンの伝搬関数が間違っていた』からであると言う極めて単純な理由でした。ファインマンの伝搬関数が当時、理論的な整合性が欠如している点は多くの学者が気が付き、教科書でも指摘されていました。しかしこの伝搬関数が電子ー電子散乱の T 行列を正しく再現できていたため、これがこの伝搬関数を使う重要な根拠となっていました。しかしこれは電子ー電子散乱のような散乱粒子が自由粒子(オンシェル散乱)の場合、偶然うまく行っただけであることが現在は証明されています。これらの点をしっかり考慮した計算を実行すれば、電子のバーテックス補正の理論計算に Log の無限大など出てくることはありません。
それ以上に重要な事として、 Weak Vector Boson である Z0 ボソンによるレプトンのバーテックス補正を計算すると、無限大は現れなく有限値で求められていると言う事実があります。ベクターボソンは質量が有限である事を除けば、フォトンに良く似た粒子ですが、ゲージ不変性はありません。しかしバーテックス補正の計算に発散がないと言う結果は本当に驚くべき事ですね。この事が半世紀前に分かっていたら、現在のような現代物理の迷走は避けられた可能性が高いと考えています。この計算に関するミューオンの g-2 の話はホームページの[ Z0 ボソンのバーテックス補正 ]で議論していますので、詳しい事はそちらを参考にして頂ければと思います。この場合、理論物理学者を自称されている研究者はこのZ0 ボソンによるレプトンのバーテックス補正の計算を必ず、自分で実行する必要があると考えています。不思議な事に、物理を深く理解するためには自分の手で計算を実行する事が必須条件です。これには例外はありません。
この様に見てくると、一体、ゲージ理論とは何だったのか?と言う疑問が湧いてくる読者が沢山おられるものと思われます。実はゲージ不変性で重要な点は Dirac の Lagrangian 密度を導出する時に基本的な役割を果たすものであることが分かっています。これは少し昔の解説ですが、『アインシュタインへの伝言』の第5章『物理学の展望』( PDF )を参照して頂ければと思います。その意味で、ゲージ不変性が物理学における観測量を計算する上で何か重要な役割を果たした事があるか?と言う問い掛けが重要だと思っています。これは現在でも若手研究者に取って、自分で考えて検証する必要がある問題であると思われます。
但し、非可換ゲージ理論においては、逆にその非可換ゲージ理論の構成粒子がゲージに依ってしまい、物理的な観測量ではないと言う非常に重要な事実があります。これは非可換ゲージ理論の構築そのものにおいて、ゲージ不変性が重要な役割を果たしていると言う事に対応しています。この事をしっかり理解していたら、Weinberg-Salam などの模型は最初から提案されることはなかったと考えています。
最後に、余分な事かも知れませんが一つコメントをしておきます。この非可換ゲージ理論関連では Faddeev-Popov と言うロシア人学者が1960年代に提案した論文があり、この論文が科学の歴史上、後世に重大な負の遺産を残したと考えられます。この論文では、非可換ゲージ理論模型においてその模型の繰り込み可能性を証明したと主張していました。これは Path Integral を用いた証明ですが、この Path Integral の定式化と物理学における観測量との関係を疑うことなく、彼らはわかったと思い込んで証明してしまったものと思われます。非可換ゲージ理論では摂動論さえも定義できないので、これは繰り込み以前の問題となっています。負の遺産と言う意味においては、この論文は確かに一般相対論と双璧であろうと思われます。しかしながら、むしろ問題なのはこれらの論文に対して、分かった振りをして追随してきた学者達や雑誌の編集者達であろうと思っていますが、如何でしょうか?
[付記] : ヒッグス粒子の存在は自然界からの要請ではない!
この稿を若手研究者または研究者の卵が読まれる場合を想定して『ヒッグス粒子の存在は自然界(実験)からの要請ではなく、単に理論枠内の予言に過ぎない』と言う事実を解説しておきます。弱い相互作用を記述する理論体系は CVC (Conserved Vector Current) 理論としてかなりきちんとした理論体系となっています。そしてこれは弱い相互作用に関連するほとんどの実験事実をうまく説明できる非常に優れた理論模型です。しかしこれには一つ理論的な欠陥(4点相互作用は2次の摂動計算で発散)があり、それを克服するために重い Weak Vector Boson の存在を仮定する事が必須でした。そして1970年代には実験的にもそのボソンの存在(その質量は 30 GeV 以上)が示唆されていました。その後1980年代になって、CERN はその非常に重いベクターボソン(W ボソンと Z0 ボソン)を発見しています。これはその少し前の neutral current 発見と共に CERN の非常に重要な功績であった事は疑い得ない事実です。そして弱い相互作用関連でのほとんどすべての実験は CVC 理論に依って記述されているため、ヒッグス粒子の出る幕はありません。すなわち、弱い相互作用の実験を理解するために Weak Vector Boson は必要でもヒッグス粒子は不要であると言う事です。
それでは何故、ヒッグス粒子が必要になってしまったのでしょうか?これは標準理論と言われている模型の構造上の問題(欠陥)に関係しています。この模型では非可換ゲージ理論を採用してしまったため、出発点においてゲージ粒子は必ず、その質量がゼロである必要があります。このため、これでは弱い相互作用に応用できるはずはなかったものです。しかし、人々はこのゲージ粒子に質量を与えると言うほとんど奇術的な模型を作ったものです。その手品のタネがヒッグス粒子だったわけですね。しかしこの模型の原点は自然界からの要請ではない事でもあり、ヒッグス粒子の存在など、科学的にはどうでもよい事と言えますね。この理論模型の問題点は教科書 [ Fundamental Problems in Quantum Field Theory ( Bentham Publishers, 2013) ] で解説していますので参考にして頂ければと思います。
ここで公平を期すために一つコメントをしておきます。それは標準模型において彼らが SU(2) を考えた点は非常に重要であると言う事です。これは neutral current の存在を示唆した事に対応しています。これまでの CVC 理論模型では charged current のみを考えて模型を作っていました。しかし標準模型における SU(2) の導入により neutral current の存在が示唆され、実際、実験的にも発見されました。これは確かに物理学上、非常に重要な進展でした。
これまでの議論で明らかなように、彼らがゲージ理論を採用しなければ、彼らの模型は本当の意味での標準理論になっていたと言えるでしょう。しかもこれらの重いベクトルボソンによるバーテックス補正には発散がないので、量子場の理論の理論体系としては非常に健全なものとなっています。
[付記+] : スカラー粒子は存在しないが、重力はスカラー場!
以下の付け足しは『研究者の卵』用に書き足したものです。何かの参考になればと思っています。昔、ヒッグス粒子はスカラー粒子として定義されていたので、量子場の理論の専門家の多くはその存在に疑問を抱いていた事は確かです。それは量子場の理論においては、スカラー粒子が存在しない(できない)事は理論上、良く知られている事実だからですね。量子場の理論では何故、スカラー粒子が存在しないのかと言う問題に関しては『よろず物理研』の方で解説をいずれ載せるものと思っています。
一方、重力場はスカラー場として定義されています。しかしこの場が量子化される事はありません。実験的にも重力場を量子化する必要はないし、量子化すると理論的な整合性を失う事にもなります。これはクーロン場が量子化される事はないと言う問題と同じ意味合いとなっています。
それでは重力場は何故、スカラー場である事が絶対条件なのでしょうか?これは場の理論による計算を自分で実行している理論屋は良く知っている事ですが、スカラー場のみが常に引力を与える場であるからですね。ゲージ場ではその電荷によって引力にも斥力にもなってしまい、重力場を記述するには不適当です。また、重力を記述する理論としてスカラー場を採用した場合、そのスカラー場の質量項はゼロである必要があります。これは重力ポテンシャルが(1/r)に比例しているからですね。
もう2点、重力場を考える上で重要なポイントがあります。まず1点目として重力ポテンシャルを Dirac 方程式の中に入れる必要があります。これは必須です。この理由は明らかで、Dirac 方程式をFoldyーWouthuysen変換をして 非相対論的なハミルトニアンを求め、それをEhrenfest の定理を用いて近似して始めてNewton 方程式が求められるからです。この場合、Dirac 方程式の中に重力ポテンシャルが入っていないとNewton 方程式に重力ポテンシャルがないと言う、極めて不可解な状況になってしまいます。その意味でもDirac 方程式の中に重力ポテンシャルを入れる事は物理的には必須条件です。このためにはQED(量子電磁力学)を拡張して、重力を含む量子場の理論を作る事がどうしても必要な課題となっていました。
2番目として慣性質量と重力質量が一致していると言う非常に重要な実験事実があります。重力場の理論を構築する場合、この条件は極めて重要なものとなっています。ここで、慣性質量とは良く知られているように、『質量 m の粒子』と言う場合の質量の事ですね。それでは重力質量とは何でしょうか?このためには重力ポテンシャル U(r) を見る必要があります。この U(r) は U(r) =-G(Mm/r) と書かれています。重力質量とはこの m の事ですね。この重力ポテンシャルの中に慣性質量と同じ m が現れたのは自明ではありません。この事実をきちんと再現することが重力理論の最も重要なポイントになっています。
これらの点をすべて満足している理論体系が新しい重力理論です。この理論体系を詳しく勉強されたい場合、[ 宇宙の夜明け ] [ Fundamental Problems in Quantum Field Theory ( Bentham Publishers, 2013) ] を参照して頂ければと思います。
[付記SS] : 理論物理の基礎トレーニング [2024年7月]
理論物理学の研究においてトップレベルの新しい研究を持続して行うためには『基礎物理学の演習問題を解く』と言う作業が重要となっています。例えば、電磁気学の演習問題を解き直してみるとかゲージ不変性について再検証すると言うような基本的な作業を普段から行っていない限り、高いレベルの研究を続けることは、まず不可能となっています。実際問題として、しばらく前に提案した『 試験問題 』を自分で解けない研究者が新しい研究を遂行できるはずがありません。理論物理学の新しい研究は常に基礎物理学を土台として、その上に成り立っているからですね。
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