重力波の解説 : 「重力波はエーテルの亡霊」
質問に答える形で、現在、マスコミで話題になっている「重力波の発見」について解説します。ただし、実験の詳しい検証はここでは行ってはいません。いずれその内に人々が行うものと思います。この実験報告に対して、10億光年以上彼方の星からの「重力波の情報」としては「クリア過ぎるシグナル」という印象を持っている物理屋が多いものと思いますが、これらの点もいずれ明らかにされるものと考えています。この話は、 Physical Review Letters ( 116 , 061102) に発表された論文に依拠しており、その内容を検証しその物理を理論家の立場から解説しているものです。
☆ 重力波とは? : まずはじめに、重力波の言葉の意味ですが、彼らが「重力波」と言っているのは一般相対論における「波の方程式」から類推したものです。しかしこの重力波が観測にかかる物理的な波であるかどうかと言う問題に対して、これまでほとんど議論されてはいません。実際、この重力波が自然界に存在する波であると言う物理的な根拠は何処にもなく、またそれが発見されたという話はさらにない状態で、約100年間が過ぎています。この波の方程式から明らかなように、これは「重力子(graviton)」とは無関係です。従って、重力波は媒質を伝搬する「古典的な波」のことを意味しています。ところが、この「重力波」は物質とどのような相互作用をするのかという最も重要な問題が理論的にわかっているわけではありません。しかしこの著者達はそれを特に気にすることもなく実験を進めています。
☆ 論文要旨 : この論文の主張では、地球から約13億光年離れた2個の星(ブラックホールと彼らは言っている)が衝突して1個の星に融合した時に重力波が生じたとしています。そして昨年の9月にこの波のシグナルをキャッチしたというのが論文要旨です。
☆ 空間の振動? : 前述したように、彼らはこの重力波を「重力子」と考えているわけではないので、あくまでも古典論における波です。それではこの重力波はどのように伝搬するのでしょうか? 恐らくこの人達は「空間の振動」のような感覚で重力波をみているように思われます。その「空間の振動」がレーザー光に影響して干渉実験に引っかかったという主張なのでしょう。しかしこれは明らかに19世紀の物理です。何となく波が伝搬するという感覚的物理のため、彼らが実験で何を観測したのかさえ明確ではありません。恐らくは、フォトンの様なエネルギーの塊ではなく、媒質(空間)の振動エネルギーを観測したと思っているのでしょう。この論文では現代の先端技術を駆使していますが、その物理は19世紀以前のもので、現代物理学の立場からしたら議論の対象にさえならないものです。
☆ 相対性理論との矛盾 : 重力波の伝搬を空間(エーテル)の振動として捉えると、これは相対性理論と矛盾します。しかし彼らはその事を気にするわけでもなく、アインシュタインが求めた方程式だから、ともかくそこから出発しようと言う立場を頑なに守っています。このことは彼らが現代物理学(場の理論)をほとんど理解できていないことを示しています。それでこの波の伝搬を場の理論の立場からみてみると、もう少し詳しい物理的な実情がわかります。計量テンソルに対する方程式はすべて実数なので、そのままでは粒子としての伝搬はありません( 「 電磁気学」 の第13章を参照 )。従って、エーテルではなく「重力子」としての伝搬を考えると、どうしても場の量子化をすることが必要となります。しかし計量テンソルを量子化するといっても何の事か分かりません。それで結局、彼らは物理的な意味を理解することなく、重力波を古典的な波として扱っています。
☆ エーテルの亡霊 : ここで「検証実験」の評価について解説します。相対性理論を直接、観測によって確立した最初の実験がMichelson-Morleyによって行われたことは周知の事実です.この実験結果により、慣性系の空間は相対的であり、絶対的な空間(エーテル)は存在しない事が証明されました。その後100年以上に渡る、膨大な検証実験や理論的な進展により、相対性理論の正しさは完全に確立しており、それは現代物理学の基盤となっています。これに対して、この「重力波の発見」は観測されたシグナルが相対性理論と矛盾する事象に対応しています。10億光年彼方の星達の「空間振動」が、例え「1事象」にしても真空中を伝搬して地球まで到達したとしたら、これはまさに絶対空間(エーテル)の存在なしでは考えられない事です。これはまるで「エーテルの亡霊」を見ているようです。このように、重力波が相対性理論と矛盾してしまうと言う事実は、それ程驚くことではありません。それは、一般相対論が相対性原理と矛盾していることを理解していれば、当然な帰結でもあります( 一般相対論の解説 )。それにもかかわらず、この実験の著者達やその他相当数の物理屋が一般相対論を信じようとしているのは、一般相対論が特殊相対論を超える理論であるという「妄想」が主な理由であると考えられます。
☆ 実験の評価 : この重力波の実験のように、相対性理論と矛盾する事象を「発見」した場合、その実験の評価には二つの可能性が考えられます。一つには、実験がどこかで間違っているという可能性です。恐らくは通常の感覚からすると、確率的にはこれが最も高いものと結論されると思います。もう一つの可能性としては、この発見されたシグナルは重力波とは無関係であり相対性理論と矛盾はしないと言うものです。この場合、この実験結果が何か新しい現象と結びついているという可能性を否定はできませんが、しかしそれが何なのかは今後の研究を待つしか方法はありません。しかしそれが何であったとしても、そのシグナルが物理的な観測量に結びつくためには、相当に注意深い検証が必要であると考えられます。
☆ 科学の目的 : 最後に、この実験の解説とは直接の関係はありませんが、大人数の集団で実験していると、その集団の大半のメンバーは「目晦ましの状態」になってしまう場合がある様な気がして、 ある意味で恐怖感をさえ覚えています。実際、近年のCERNの状態もそれに近いと思わせるような実験報告が何回かなされています。科学は自然現象を理解しようとする学問です。たとえその理論(一般相対論)が数学的にひどく魅力的だとしても、その理論体系を検証するためだけに行われる実験は科学的に正しいとは言えません。どの理論体系も自然現象を理解するためにありますが、しかし一般相対論だけは自然現象と無関係です。従って、重力波は数学的には興味深い対象だとしても自然界と関係はなく、自然の理解に影響するものではありません。
いずれにしても、今回のような「おとぎ話の実験」が膨大な予算で行われている現実が明らかになってしまった以上、今後、巨大科学が加速度的に縮小して行かざるを得なくなるものと考えられます。私も以前、巨大科学の研究に理論家として従事していたものでもあり、それは残念な気持ちがないと言えば嘘になります。しかし科学の進展にとってみれば、巨大科学の縮小は仕方がない事であろうとしみじみと感じている次第です。
● (追記) : 「重力波発見」の発表から半月ほど経ちましたが、ここでこの実験の反証と考えられる観測事実が天文衛星「フェルミ」のチームから発表されています。このチームは昨年9月、天文衛星により「ガンマ線バースト」とみられる現象を観測していたのですが、これは重力波を観測したのとほぼ同時刻の観測データでした。ガンマ線バーストは主に超新星爆発で生じる現象と考えられていますが、巨大星(ブラックホール)の融合で起こる現象とは考えられないことです。この観測チームは「重力波の発見はガンマ線バーストを捉えた可能性がある」と指摘しているようですが、いずれ詳細が明らかにされるものと思います。
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